覇王ときどき革命

中国・清末民初のお話など

見書必買

 2012年に『覇王と革命』を出して以降、拙著を読んでくださった方々から、しばしば同じ質問を受ける。「巻末の参考・引用文献に載っている中国の本はどうやって集めたのか」というものだ。

 これについては、単純明快な個人的指針がある。

 「見書必買」だ。

     *     *

 海軍用語とされる「見敵必戦」にあやかった自製の言葉だが、古い中国ウオッチャーにとっては、ほぼ鉄則になってきた心得と言えるだろう。使えると思った資料は、見つけたその場ですぐに買うのだ。良書と出会ったら、「次はない」が、購入判断の前提となる。

 中国では、資料との出会いは、実際に一期一会である場合が多い。人口十四億人の国で何年も前に、場合によっては何十年も前に数千部発行された良書が、目の前に現れること自体、「邂逅」という大げさな表現を使ってもいい喜びである。また、売り切れる、売れないから店頭から消える、書店が倒産するといった市場的理由のほか、ある日突然、政治的理由で類書が根こそぎ消えるといった悲劇も珍しくない。

 北京の大小の新刊書店、大学街近くの書店群、瑠璃廠の歴史書店や古書店、古書イベント、旅行先の書店などで「見書必買」を長く繰り返していれば、かなりの資料本は集まる。

     *     *

 「必買」といっても、当然、財布との相談になる。コレクターが欲しがるような高価な本には手を出せない。

 ただ、自分は、服にも車にもグルメにも興味がない。ゴルフもしない。酒は飲めない。たばこは20年前にやめた。付き合い麻雀も同じころにやめた。その代わり、本と、取材旅行を含む個人的な旅には出費を惜しまない。お金の側面から言えば、そんな人間である。

     *     *

 尊敬する知識人、歴史家たちが書いた書物、おすすめしてくれた資料は、重点的に買う。報道、ネット情報などで知った本を購入することも少なくない。

 知人を介して、北京の著名な教授から「軍閥時代の資料でいいものを教えてほしい」というお話があり、食事をしながらあれこれと楽しく情報交換させていただいたこともあった。同好の士の喜びは、国境を越える。

 北京の大学で東洋史を専攻されていた日本人留学生からおすすめされた『清光緒帝死因鑑証(清光緒帝の死因鑑定)』は、『清朝滅亡』を書く上で欠かせない資料となった。心から感謝している。

 通販サイトは、書物の情報が少ないと、賭けの要素が強くなる。

 台湾の書店は穴場だ。台湾の歴史家の好著だけでなく、中国の良書、欧米で書かれた中国史の中国語翻訳も多い。誠品書店など大型店舗が充実しているほか、台北重慶南路には中国書の専門店もある。

     *     *

 ありがたいことに、日本でも中国語資料を入手できる。

 東京の本の街・神保町に行けば、中国関連書籍の専門店・東方書店に必ず立ち寄る。とん、とん、とんと短い階段を上がると中国語書物のフロアがあり、右側の棚の奥、近現代史と伝記のコーナーをひとしきりながめる。ここで買ったものが、これまでに出した拙著の「参考・引用文献」に何冊も入っている。

 最新刊だけではない、厚みのある品揃えがうれしい。中国の歴史書人文書全般でそうだが)は、同じテーマを扱っていたとしても、いつ書かれたか、あるいは発行されたかによって、記述がまったく違う。自分が参考資料を選ぶ基準は、新しいか古いかではなく、使えるかどうかだ。著者、奥付、目次、脚注、参考文献などをチェックし、ページを繰り、いけると判断すれば、もちろん「見書必買」である。

 東方書店のすぐ近くには、同じく中国関連書籍が専門の内山書店もある。魯迅以来の伝統があり、こちらも楽しい。

     *     *

 買ったはいいが、結局、「参考・引用文献」のリストには入らなかった書籍も大量にある。その出費も、かなりなものだ。

 だが、それを失敗とは思わない。無駄とも思わない。たまたま自分が急所を見つけられなかっただけで、だれかにとっての宝が、きっとそこに眠っているに違いない。将来、中国語本はすべて、どこかに、あるいはどなたかに、まとめて寄贈するつもりでいる(マーカーライン、書き込み、ページ折りなどでひどく汚れた本を引き取ってくだされば、だが)。そのときに、だれかのためになってくれればいい。本は天下の回りものだと思っている。                        (2024年3月21日)

 

 ※写真は、1、2枚目が北京の書店。最初はあちこちにある新華書店の一つです。昔ながらの書店にも独特の味があります。次は、古都の趣を感じさせる正陽書局。3枚目は、北京の公園で開かれた古本祭りです。掘り出し物を探しに本好きたちが大勢集まってきます。最後は、神保町の神田すずらん通りにある東方書店です。日本語の中国関連書籍もそろっています。

 ※次回は、どうやって資料から素材を抜き出し、まとめ、原稿を書いているのか、その手順、方法について記します。