
ふるさと、鹿児島にこんな言葉がある。
「泣こかい、飛ぼかい、泣こよかひっ飛べ」
幕末~明治初頭の薩摩に関する時代劇、小説に詳しい方なら、聞き覚えがあるかもしれない。劇中で若き西郷隆盛や大久保利通が、時代に向けて走り出すとき口にする決め台詞になっているように思う。
文字になっていれば、その意味は、鹿児島県人ならずとも容易に見当がつくだろう。「泣こうか、飛ぼうか、泣くより飛ぼう」である。「ひっ」は動詞に勢いをつける鹿児島弁の接頭語だ。
自分は、子どものころ、広いおでこで前髪をまっすぐ切りそろえたおりこうさんだった。今は、薄くなった白髪頭を中国の歴史資料に埋めている。性格的に見て、「ひっ飛べ」の語感に宿る向こう見ずの勢い、あるいは勇猛さとは無縁である。
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ところが、不思議なことに、「泣こかい……」的な精神は、いつのころからか、わが心の相当深いところに根付いている。地域性豊かな教育のためか、父母の教えか、はたまた友人たちの影響かは分からない。弱っちいくせに、なぜか、「迷ったら、やる」という行動基準を持っているのだ。「泣こかい……」より数段おとなしいが、方向性は変わらない。
いまの頭で後付け的に考えれば、迷ったときに「やる」方を選ぶのは、示現流(じげんりゅう)的な気合を重んじるといった理由からではない。心理的なダメージコントロールを図ると同時に、経験値を上げるという得失計算によるものだろう。あえて書けば、
「やらずに終わった後悔」>「やって失敗したときの後悔」
「やらずに終わって得られるもの」<「失敗から得られるもの」
といったものだ。
もちろん、この数式もどきは個人的基準であり、「正解」などではない。人によって、場合によって、「迷った末にやらない」選択の方が賢明というケースも無数にあるに違いない。
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北京にいたころ、中国の政治改革を切望する若い知識人が、自分の考えを文章にして発表するかどうか、迷いに迷っていた。
話を聞いて、危ないと感じた。政治的言論を厳しく監視、統制する当局がこれを見逃すはずがないと思った。
「発表しちゃいけません。危険すぎる」と、断定的に、強く言った。
日ごろ、「迷ったら、やる」などと呑気に構えているくせに、他者の迷いを見て、その行動にストップをかけた。この場合、上述の二つの〝不等式〟の不等号の向きは逆になり、しかも、失敗がもたらす損失は、彼の人生にとって致命的なものになりかねないと思った。「迷う」ケースじゃないと即断した。
お節介な日本人の制止を考慮したかどうかは分からない。彼がその文章を世に出すことはなかった。
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「迷ったら、やる」の「やる」は、不確実性に満ちたプロセスに自らの足で一歩踏み出すということだ。好結果に対する保証は何一つない(そんな保証があれば誰も迷わない)。逆に、「やらない」という選択は、リスクを回避できる代わりに、未来の可能性と、そこに至るまでのプロセスを棄てることになる。
四半世紀ほど前、大いに迷った末、世間的には何の意味もなく、自身の地位や収入にもほとんど関係のない決断をした。
「中国近現代史を書こう」
即、行動に移り、人生が、新しいプロセスに入った。
最初は、日中に中国担当記者として、夜は歴史をひも解く者として、一人アメフト的二重生活をしているような気がした。当時中国のトップだった「江沢民」氏と、資料上のトップの「袁世凱」は、まったく別の世界にいた。正直、この時期はつらかった。
しかし、同じ生活を何年も続けているうちに、日々取材している中国政治と、日々読んでいる歴史書の世界は、不可分のものであると気づいた。過去を踏まえれば、現在が格段に深く理解できる気がした。逆に、現在の生々しい政治状況を見ている目で過去を観察すれば、同じ中国人が紡いだ歴史をこの手で確かにつかまえられるように感じた。いつしか、二重生活の意識は消えた。
以前このブログでも記したように、文章を書くにあたっては、こんなふうに心がけるようになった。
「歴史を書くように記事を書く」
「記事を書くように歴史を書く」
これは、自ら選んだプロセスから生まれた、自分なりのスタイルだと思っている。
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中国近代史を書くと決めたことで、捨てたもの、失ったものも多い。それは、別の可能性と、そこに至るプロセスを閉ざしたことを意味する。
自分の選択が、結果的に「成功」だったか、「失敗」だったかなど、どうでもいい。何より大事なのは、自分がまったく後悔していないということだ。比較の対象は、他人ではない。別の世界線にいる、歴史を書かなかった自分である。
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いま、多くの個人、企業が、AIに対して、瞬時に、楽に手に入る「正解」、「解決策」、「プロ顔負けの技術」を求めているように思う。世界中で、「ドラえもーん」の声があふれているような気がする。
やがては、「迷う」ことさえ、「タイパが悪い」と切り捨てられるようになるのだろうか。「ひっ飛んで」失敗でもしようものなら、物笑いの種になるのだろうか。
そんなことはあるまい。人間は、どこまでいっても、迷いの中にあり、最後は自分で自分の道を決めざるを得ない生き物だと思う。 (2026年11月3日)
※写真は、1枚目が鹿児島市から見た朝の桜島、2枚目は南九州市・知覧に残る武家屋敷の玄関です。3枚目は、鹿児島市内にある西郷隆盛の墓所です。
※「飛ぼかい」「ひっ飛べ」は、「跳ぼかい」「ひっ跳べ」と表記されることもあります。


















