
ずいぶん前に、北京の学者がため息まじりに話したのを思い出す。
「我が国の法律はね、権力者が他人を支配し、権力を維持、強化するための道具なんですよ」
彼の言葉を地でいく法律が、香港の返還記念日にあたる7月1日、中国で施行された。
「民族団結進歩促進法」(以下、民族団結法と記す)である。
少数民族の言語や独自教育を奪う。自由な言論を許さない。宗教を党に服従させる。こういった共産党の民族・宗教政策を法的に正当化するものだ。この類の法律でいつもそうであるように、条文の表現は、非常に抽象的だ。当局は思うがままに「違反者」を摘発し、処罰できるだろう。
この法律はまた、中国の「民族の団結進歩を破壊」し、「民族を分裂」させる行為を行った国外の組織や個人の法的責任も追及するとしている(第63条)。
日ごろ、「中国の内政に干渉するな」とやかましく言っている者たちが、他国の言論空間に土足で踏み込んだようなものだ。習近平政権は、国際的な批判や信用失墜など意にも介していないのだろう。
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民族団結法に、歴史にかかわる条文があった。
「第12条 国家組織は、中国共産党史、新中国史、改革開放史、社会主義発展史、中華民族発展史の宣伝教育を展開し、各民族大衆が、正しい国家観、歴史観、民族観、文化観、宗教観をしっかり打ち立てられるよう導く」
これを読んで、心底うんざりした。共産党や政府が、法律に基づき、習政権の正統性、政策の正当性を証明する近現代史を宣伝、教育するよう関係部門を指導するということだ。史学界、言論界、報道界など、すべてが当局に服従するに違いない。
このブログでも再三述べているように、20世紀末から今世紀初頭にかけての一時期、中国の学界、言論界に自由の空気が流れ込んだ。そのころの中国は、経済発展の必要性から、政治面での改革をある程度(ごく小さな歩幅であっても)進めようとしていた。2008年北京五輪を開催するために、背伸びもした。この政治的な風向きの変化によって中国の政治経済社会に無数の変化が生じ、その一つとして新しい近代史が登場した。自分はそれに感動して歴史を書き始めた。今は昔、という気がする。
ちょっと予言しておこう。
この政権が宣伝、教育する「正しい」歴史は、将来、独裁政権のプロパガンダの好事例となるだろう。本当の中国近現代史は、档案館などに眠っている文書と、歴史家たちが今は決して表には出さないデータファイルの中にある。
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民族団結法第15条では、国家は全国で通用する言語(「通用語」)を全面的に普及させると定め、いかなる組織、個人も、公民がその「通用語」を学習、使用することを妨げてはならないとした。学校その他の教育機関での「通用語」の使用だけでなく、就学前児童も「共通語(漢語)」ができるようにするという。
「通用語」は漢語を指す。政権は、ウイグル族、チベット族、モンゴル族など強いアイデンティティーを持つ民族から言葉を奪い、近現代史の勝者たる漢民族が支配する民族群の総称・「中華民族」の一員として飼いならそうとしている。
少数民族も、流暢な漢語を使って共産党や習近平氏をたたえる歴史を語るようになっていくのだろう。民族固有の言葉で語る伝承や預言は、密かに口伝されていくのかもしれない。宮崎駿氏の『風の谷のナウシカ』に出てくる「その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし」のように。
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それにしても、習近平政権はなぜここまで強権的、抑圧的手法で国民を支配しようとするのか。さまざまな理由がありそうだが、根本的な要因は、彼ら自身の内面にあるぬぐいがたい恐怖だと思う。
独裁者、独裁政権が最も恐れるのは、自らが敗者に転落することである。他者を徹底的に弾圧してきた彼らは、運命が逆転した瞬間、自分たちの身に何が起こるかを知っている。その時が来ないよう、ひたすら不安の種をつぶしているのだ。
もう一つ、予言しておく。そんな彼らの姿、行いは、やがて歴史に詳しく書かれるだろう。 (2026年7月4日)
※写真は、1枚目が北京・天安門前の人民大会堂です。法律を制定する全国人民代表大会(全人代)の活動の主舞台です。2枚目は、北京の景山から見た中南海です(画面右上の水辺=光緒帝が幽閉された南海=のあたり)。中国共産党・政府の所在地で、多くの政権指導者が住んでいます。3枚目は、河北省の民家に掲げられていた毛沢東の肖像。中華人民共和国の専制体制を作り上げたのは毛でした。




















